■テレビとスポーツとの蜜月関係

◆近代オリンピック誕生時代の「見せる」スポーツ

1896年、クーベルタン男爵の提唱で始まった近代オリンピック大会、第1回目大会はギリシャ政府と ギリシャの大富豪たちの資金援助で幕を開けたが、1900年第2回パリは開催資金が同時開催されて いる「万国博覧会」の影響で集まらず、苦肉の策として、開催中の「万国博覧会」の出展イメージでの開 催となった。したがって、今のような集中開催ではなく、万国博覧会開催中に分散化されて、より「集客 性の高い」種目による五輪開催となった。

この流れは1904年の米国セントルイス開催でも踏襲された。

近代オリンピック誕生時代には、すでに英国でのサッカー、米国での野球はプロ興行が始まっており、欧米社会ではスポーツを「見る」「見せる」という時代に入っていたことを考えると、近代オリンピックにもそうした側面がスタート時から供えられていたと考えるべきだろう。
その証拠に、第1回アテネ大会でも観客入場料収入が開催経費を支えていたわけで、参加選手がアマチュア(プロではないという意味)で参加報酬を求めないということで開催できていたわけである。

◆TVとスポーツとの蜜月関係

日本の新聞社とスポーツとの関係に見るように、観客として直接的にスポーツ観戦できない人々にスポーツ観戦を提供できる『遠隔受像装置:テレビジョン(Tele-Vision)』はその即時性や空間共有の面で、最高のパートナー。